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「中野のひと」インタビューVol.4 〜 Djuさん

馴染まずとも、
自分に合う場所は、
確かにあった。

Djuさん

『「中野のひと」ポートレイト2019』について

"モデル"と"音楽"という2軸で活動するDju(デジュ)さん。ブラジル人のご両親のもと日本で生まれ育ち、8年前に家族で中野に引っ越してきた。現在も最寄り駅は中野。買い物をしたり友達と遊ぶときに訪れているそうだ。そんな彼女の家の中は幼い頃からいつも陽気な音楽であふれていたそう。

「うちは両親がサンバを踊ったりパーカッションを演奏したりするパフォーマー。家族みんなでごはんを食べるとき、突然踊りだしたりテーブルを叩き始めたりするくらい、生活に当たり前のように『音楽』がありました。わたしは日本のアニメ文化が大好きなのですが、小さいころは『マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ』の大ファンで、そのころから自分で作詞作曲をしていました」

しかし家を出ると、その容姿で苦労をすることもあったそうだ。
「学生のとき、この髪のせいでひどいことをたくさん言われたんですよ。それで縮毛矯正をずっとしていたのですが、今度は先生に『髪型を変えたらダメだろ!』と指摘されちゃった。それで自分の容姿がすごくコンプレックスになったんです。背が高いこともそうなのですが、髪の毛が特にイヤで...」

学校へ行くために朝家を出るも、足取りが重く到着するのはお昼、なんてこともあったそう。すると今度は「サボっている!」と、まわりの子に責められてしまい...。

「しかも当時は父も母も仕事でかなり忙しかったので、相談できなかったんですよ。時間が経ってから話したんですけどね。ただわたし、いじめてくる人を嫌いにはなれなかったんです。『この人たちはこういうところだけじゃない! ほかにも絶対いいところがある!』と思って」

コンプレックスが自分の強みに変わったのは?

「バンタンという専門学校のファッションショーで1位をとったことです。予定していたモデルが急に出られなくなってしまったらしく、ショー当日に急遽出演することになりました。それまで周囲に馴染ませようと髪型を変えたり、日本人風のメイクをしたりしていたけれど、優勝したことでそんな必要はないと思えるようになったんです。個性があるからこそ合う場所があるとわかったので、自信を持てましたし、自分を肯定できるようにもなりました」

そんなDjuさんにとって中野区は"自分がやりたいことを貫ける街"なのだとか。

「中野区に住んでいる友だちは好きなことをやっている子が多い。彼らは自分のことを認めて欲しいって気持ちがあるから、人のことを見下したりせずに認める。だからわたしも、のびのびと自分のやりたいことができるんです」

彼女は現在、表舞台に立つために、両親の会社で裏方の仕事も手伝っているそうだ。

「両親の会社での経験も活かして、いずれは日本で名の知れたシンガーになりたい。わたしがもっと上達したら家族みんなで舞台に立ちたいなとも思います。でもそのためには自分の歌を聴いてくれるオーディエンスが必要。ひとりでも多くの人に知ってもらえるように、積極的に活動していきたいなと思います」

この9月にはライブ配信アプリ『17Live』の公式ユーザーにもなり、中野を拠点に益々活動を広げている。

Dju

モデル/ミュージシャン。ブラジル人の両親をもつ。日本生まれ、日本育ち、最寄駅は中野。買い物、友人との交流、一人のリラックスした時間にも中野を活用。

Djuさん

「中野のひと」インタビュー

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