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「中野のひと」インタビューVol.6 〜 釈 源光さん

50歳で僧侶になった。
何歳で好きな道に出会うかなんてわからない。

釈源光さん

『「中野のひと」ポートレイト2019』について

今年でオープン15周年を迎える、お坊さんが立つ店、「中野・坊主バー」。ここの店主である源光さんが僧侶への道を志したのは40歳台の後半からで、50歳で得度されたそう。

「40代のころ、阪神・淡路大震災にあったんですよ。神戸にある実家は全壊、自宅である社宅もやられてしまったのでかなり滅入っていました。その上、不景気の折のリストラ、離婚、自己破産。全てを失ったんです。そんなときに仕事仲間の紹介で出合ったのが『大坂・坊主バー』でした」

「大坂・坊主バー」との出会いを通じて、葬式や法事ではなく、本来の仏教である「衆生済度(※)」、まさに生きている人々の救済や幸福を願う姿としての仏教の世界にのめり込んでいった。仏教にはネガティブなことをポジティブに変える力があると話す。

「涅槃像(ねはんぞう)はにっこり笑って横たわっているでしょう?あれは入滅する(死ぬ)姿なんです。 死の恐怖もまた克服し、死さえ笑って受け入れるという意味なんです。すごいよね、最強のネガティブを転換しているんだもの。自分も次第に物事をポジティブに捉えられるようになりましたよ」

その後、その「大坂・坊主バー」で修行し、住職に出会い、お坊さんに。そして自身も坊主バーを開くことになった。東京に良い場所をと探していて辿り着いたのが中野。学生時代もよく通った街でもあり、ご縁を感じたと。しかし、それまでお店を持ったことがないため、続けられる自信はまったくなかったそう。

「オープン当初から、来月潰れるってずっと言っていました。でも、『坊主バー』は自分を救ってくれたところだったから、簡単には諦めたくなかったんです」

そんな彼のもとには、若い人から自分の年上まで、さまざまな悩みを抱えている人が訪れるそうだ。

「明日にでも危ないと思う人が来たりもします。そういう人には、食事に誘ってみたり、つきっきりで話を聞いてあげたりするんです。だって死んで欲しくないじゃないですか。せっかく授かった命なんですもん。だから自分が耳を貸すだけで考え直してもらえるなら、いくらでも聞きますよ」

最後に、「好きなように生きていれば、たいがいのことは気にならない」という今回のメッセージについて感じることを聞いてみた。

「同感だけれど、そもそも好きなことがわからないという相談も多い。そういう人には、明日死ぬんじゃないんだから気長に探しなよ、ってアドバイスします。自分もそうだったけど、思わぬところにきっかけがあったりするからね。だから年齢に関係なく挑戦して欲しい。命あるかぎり挑戦すべきだと思いますよ」

※【衆生済度(しゅじょうさいど)】=仏・菩薩などが衆生(命あるすべてのもの)を迷いの中から救済して悟りを得させること。

釈 源光

中野駅 北口 ワールド会館「坊主バー」店主。サラリーマンを経験後、50歳で出家をした浄土真宗の僧侶。「真夜中の駆け込み寺」をコンセプトに週7日営業をしている。

釈源光さんポートレート

「中野のひと」インタビュー
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